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個別記事の管理2006-03-24 (Fri)
芸予地震があって今日で5年目になるそうです。

広島県外、又は瀬戸内以外の人には

あまり記憶に残っていない地震かもしれません。

5年前の今日、安芸灘付近を震源として発生した地震で

震源の深さ51km、マグニチュード6.7の地震でした。

交通はマヒして、電話もなかなか通じず、町のいたるところで

壁や屋根、石垣などが崩れていました。

大きな被害は少なかったけど、小さな被害は山ほど。

地震の後、数年経ってもまだその地震の傷跡に

苦労されている方達もいます。

時々、思い出すものの

ニュースで「芸予地震から5年…」と聞くまで忘れていました。

この機会にちゃんと対策や避難の準備も考えた方がよいのでしょうね。。。


↓続き

日記でも何度か書いた事があるのですが

その時、私は広島にはいませんでした。

和さんと関西へ約1週間の旅行に出かけて

24日の深夜の快速「ムーンライト山陽」で帰る予定でした。

丁度、尼崎の駅付近を歩いている時に

上の兄から携帯に電話がありました。

「やっと通じた!!家は大丈夫か?ウチはテレビが飛んでいったわ!」

なんの事だか全く分かりません。

「え?何の事???」

そんな返事に兄も???です。

そこで初めて知ったのです!広島で大きな地震があった事に。

兄は家へかけても通じず、父の携帯にかけても通じず

やっと私の携帯に通じたという事でした。

すぐに電話を切って和さんに説明してお互い家へ電話をかけたけど

全く通じません。

家の状態が全くわからない!!!

家も心配だけど、私たちは今晩帰れるのか???と不安になり

急いで大阪駅へ戻ってみどりの窓口へ。

「広島で大きな地震があったそうですが、今晩の電車は動きますか?」

駅員さんは「こいつら何を言ってるんだ???」と言う顔。

「何も情報は入ってきていません。多分、大丈夫ですよ」


…本当に大丈夫なのか!?

でも、全く情報は入ってこないし、、、、

携帯では全く通じないので公衆電話から何度か家へかけたら

ようやく、途切れ途切れだけど通じました。

どうやら家は大丈夫。家族も怪我はない。


これで家族の安否は分かった。

さて、ここからが次の問題。

これから私達はどうすればいいのか。。。。


とりあえず大阪駅構内へ留まって情報が入るのを待ちました。

何時間か経って夕方になった頃、駅で号外が配られ始めました。

その頃には駅の構内の公衆電話では

広島方面、それより西方面へ行く人達で溢れかえっていました。

広島の状況を聞く人、今晩のホテルを求める人。


それからまたしばらくして駅に放送が流れはじめました。

地震で西方面へ行く電車、新幹線がストップ、又はダイヤが

大幅に狂っている事。そして…

「今晩の夜行列車は全て運休になりました。

 旅行予定の方は中止して家に帰って下さい」

いやいや、旅行予定を中止って…家に帰れないんだってば!!

そんな簡単に淡々と言われても。。。。。


確かこの日は連休か土日前で大阪駅付近のホテルは満室。

それに加え、身動き出来ない人がホテルを探し求めているので

今からホテルが探せるか?という状態。

公衆電話の近くにいたのでみんなの電話内容が聞こえてくるんだけど

みんなも次々にホテルに電話しては断られ…

途方に暮れている人が山ほど。


その後、新大阪駅に移動したのですが

そこはさらに途方に暮れている人達の山でした(^^;;


私達は大阪でホテルを探す事は諦め

2人で考え、あちこちに電話して

岡山の私のいとこの家へ泊めてもらう事にしました。

(ダイヤは乱れていたものの岡山までは新幹線が出ていたので)

とにかく少しでも近くまで帰ろうという事と

大阪では情報が入ってこないし、駅員さんも全然対処してくれないし…

その時点で21時を過ぎていました。


新幹線は満杯の状態。

立ったまま人の山に埋もれながら岡山へ。

そして岡山へ着いたのが約23時前。

岡山駅では大阪とは全く違った雰囲気でした。

岡山駅の新幹線の構内がたくさんの人で溢れかえっていました。

慌しく、そして駅構内で泊まる人の為に毛布やパンや飲み物が配られ

そしてそこにいる人達はげっそり…という感じでした。

でも駅員さんも凄く丁寧に対処してくれています。

…早く岡山まで帰ってきていればよかった。。。(汗)


駅までいとこが迎えに来てくれて、そこから決して近くはない

いとこの家へ。(感謝!!)

いとこの家へ着いたのがすでに0時を過ぎていました。

2人で崩れるように眠りにつきました。


翌朝、電車は無事に動いていたので広島まで在来線で帰りました。



広島は雨。

肌寒かった記憶があります。

町のあちこちでは屋根にブルーシートが張られていました。

町内の祖母の家は屋根の瓦が全て落ち、ウチは全てズレていました。

大きな被害はなかったものの、小さな被害がたくさん。

自分の部屋に入るとめちゃくちゃ(大汗)

町内も全壊という家はなかったけど

いたるところで崩れたりしていました。


そしてサクラはビビッて余震に過剰に反応していました。


でも、私と和さんはその地震を体験はしていません。

みんなが口を揃えて私達に言いました。

「凄い地震だったんだよ!!想像出来ないと思うけど!!」

で、私達の苦労話もするのですが

誰にも私達の苦労は理解してもらえませんでした(笑)


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